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   <title>ITコンサルティングというお仕事</title>
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   <updated>2012-05-02T04:49:32Z</updated>
   <subtitle>世間を賑わすITコンサルとは、ちょっと視点の違う純粋にコンサルなお話
 谷中裕之のブログ</subtitle>
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   <title>LINKAT JAPAN facebookページ</title>
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   <published>2012-04-25T04:39:51Z</published>
   <updated>2012-05-02T04:49:32Z</updated>
   
   <summary>報告 facebook 「LINKATJAPAN」ページつくりました。 厳密にい...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      報告

facebook 「LINKATJAPAN」ページつくりました。

厳密にいうと新たに作り直しました。
http://www.facebook.com/LINKATJAPAN


      ちなみに、昔から存在しているlinkatjapanページは、誰かが、いつのまにつくった幽霊ページなので、そっちに所属先リンクしている人は、新たに張りなおしてくださいね。&amp;いいね！よろしくお願いします。

※先月開設したばかりなので、まだ基本情報をフォト程度しかありませんが、
　　前のページよりは情報量は豊かです。

WEB制作・開発の観点から、facebookの改造などテスト的に行ったりしています。何か要望がありましたら、そうけ島・大津・谷中まで～
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   <title>頭が良い定義って何？</title>
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   <published>2012-04-16T07:06:05Z</published>
   <updated>2012-05-02T04:36:48Z</updated>
   
   <summary>この間、社員から尋ねられて答えた事を忘備録的にメモ 頭が良いってなんですか？...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      この間、社員から尋ねられて答えた事を忘備録的にメモ


頭が良いってなんですか？


      「頭の良さ」の定義には、大体次の7つの要素があると思う。
理解力。発想力。直感力。整理力。記憶力。想像力。国語力。

 実社会において、どれか一点でも秀でていれば「頭がいい」と言われることが多い。


残念ながら、学生時代の頭の良い定義は、大人になると全く持って意味がなくなるというのはこういう所から来ていると思う。なるべく学生時代にこの７つの力を身に着けさせれば良いのにと思う。ちなみに、全部優れていた場合、きっとそれは世の中から変人扱いされる事が多い。
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   <title>失敗から得るもの。</title>
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   <published>2012-04-05T07:09:09Z</published>
   <updated>2012-05-02T04:02:44Z</updated>
   
   <summary>失敗や、うまくいかなかったことの中にも 役立つ何かが、必ず隠れている。 ...</summary>
   <author>
      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      失敗や、うまくいかなかったことの中にも
役立つ何かが、必ず隠れている。

      さまざまなプロジェクトが終了すると、出てくる言葉で、反省をしよう。振り返りをしよう。という言葉がある。実際の所、反省した後や振り返りの後に、次同じ事が起きた時には同じミスをしないようにしよう。と普通考えるがこれでは正直意味がない。（±０である。）この時点では、ミスはなくなるだろう。ただしこのままで終わると、なかなかプラスに転じる事ができない。出来ればここで終わるのではなく、同じミスをしないだけはなく、同じ事が起きたら、前回のミスをしなかったパターン（すなわち、普通の状態）よりプラスに行くためには、どうすれば良いのか？という反省や振り返りをしないと反省は全く意味がない。要は、失敗から得た事で、次回の時点で、±０にもっていくのではなく、必ずプラスにもって行かねばならない。失敗の中には、必ずプラスに転じられる要素がある。絶対に...それを見つけて実行して、成果を出して、初めて「反省」や「振り返り」が完結するのである。それがホントの「失敗から得るもの」だと思う。反省から次回同じミスをしないように心掛けるのは「当たり前」であって「失敗から得るもの」ではない。

あっ組織体としての話。自分だけで自己反省する場合は、ここまで考えなくても良い事の方が多い。

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   <title>ようやく理解。</title>
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   <published>2012-02-16T07:07:27Z</published>
   <updated>2012-03-05T04:15:49Z</updated>
   
   <summary>教育メゾットの話 本を読むときも、先に要約が読んでいると、すっと頭に入ってくる。...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      教育メゾットの話


本を読むときも、先に要約が読んでいると、すっと頭に入ってくる。逆に要約がないと文字をたどたどしく読む感じでイライラがつのる。これは、話す内容も同じで、最初に要約があると話が早い。情報が溢れている時代だけに要約力が求められている気がする。

という話を聞いて、その通りだという人と、いや違うだろ？という人に別れる。
      全文を表示すると、、、、


「本を読むときも、先に要約が読んでいると、すっと頭に入ってくる。逆に要約がないと文字をたどたどしく読む感じでイライラがつのる。これは、話す内容も同じで、最初に要約があると話が早い。情報が溢れている時代だけに要約力が求められている気がする。」

これは、結論を先に述べる。とか要点をまとめる。という話の解説の一説だが、結局の所本を読むという事にしても、何の本を読んでいるのか？の解説なくして語れない。本を読む時を仮定したとしても、人それぞれ読む本と言われて思い浮かべるカテゴリーが違う。例えば技術解説書の場合は、要約されている方が目的に辿りつきやすいが、本と言われた時にすなわち小説を本だと認識している人からしてみれば、目次や要約などから読むのは愚の骨頂。そんな事されたら答えが先に分かってしまい面白くもなんともない。ましてや、要約という文化を必要とすらしていない。「面白いかったから読んでごらん。要約するとネタばれになるから。」的な発想である。

要は、本を読むときに....と唱えるのであれば、何の本かを限定しないといけない。そこで限定して初めて「要約があると話が早い」というフレーズが生きてくる。

もっと言うと、「要約を読むとすっと入ってくる」というのが前提条件で話が始まるので、「本はそういうものではないだろ？」とか要約を読むという文化がない人に、この入りは全くもって有効ではなく、返って
要約の必要性から唱えなければならなくて、もっというと、要約の仕方から教えて行かなければならない。

という事に、中々気付けなかった為に、時折、「いいか。話しをする時は要点から入れ！本を読むときに、要約してある方が読みやすいだろ？」という教育的メッセージが有効的に使えなかったという実話。

まあ、そんな細分化しないといけないの？的な話なのか、時代的に教育メゾットを細分化する事に怠慢だろ？という話なのか？

多分後者なんだろな・・・ようやく理解。



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   <title>会話を置くⅠ</title>
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   <published>2012-01-20T11:57:46Z</published>
   <updated>2012-02-03T06:33:17Z</updated>
   
   <summary>ここ１０年のビジネス会話で気になっている事。 「会話を置きにいく」...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      ここ１０年のビジネス会話で気になっている事。

「会話を置きにいく」
      「会話を置きに行く」という表現自身、昔はなかったと思う。少なくともサラリーマン時代には存在しなかった。というかそういう状況が殆ど見受けられなかった。なのでここ１０年で生まれたと勝手に推測する。まず「置きに行く」という言葉の語源は主にスポーツなどで用いられる言葉で、野球であれば勝負をしない投球。サッカーではボールアウトさせる事などを総称して呼ぶ。要は、勝負をするのではなく、安定を求める、という意味である。

最近では、テレビなどのメディアで芸人さんの間で「お前、今そのネタ置きにいっただろ？」的なやりとりを耳にする事がある。まあ、流行り廃りという意味で「置きに行く」という言葉自身に特に問題はないと思う。ただ、実際のビジネスの場で「会話を置きに行く」のはかなり高等なテクニックで難しい。ただそんな難しい行為を表す「置きに行く」というフレーズを違う目的で安易にかつ多様されている感がある。

置きに行く行為というのは、「勝負をしない」「とりあえず的に情報を出す」「リスク回避」という目的で使われやすいが、そこに秘めている事として「毒にも薬」にもならない「てきとーな情報」を「判断を相手に勝手に委ね」るように渡す事でもある。要は、どうでも良い話をてきとーにして、相手に「こいつは何が言いたいんだ？つかえない奴だなぁ」というリスク回避をしているつもりでより大きなリスクをしょい込む事になるのである。


実際のビジネスの現場で、客に対して本質やセールスポイントを説明せず、会話をあっちこっちに飛んだり中々核心に攻められなかったり、断られるのが怖いのか中々クロージングまで持って行けなかったり。。。要は会話を置きに行っているシーンが非常に多くみられる。そんな事ないですか？

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   <title>謹賀新年’１２</title>
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   <published>2012-01-03T04:47:44Z</published>
   <updated>2012-01-05T04:57:55Z</updated>
   
   <summary>謹賀新年２０１２ 今年もよろしくお願い致します。...</summary>
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      謹賀新年２０１２

今年もよろしくお願い致します。
      昨年は....という下りの挨拶がとてもし辛い２０１１年でした。
色々な事がおき過ぎて、一言では言い表せない１年だったからです。しかし、日本というのはある意味とても便利かつ合理的な習慣の「正月」という文化があるおかげで、気持ちをリセットする事が出来ます。正直この「正月」という文化がなければ、色々なモノを引きずったまま月日が流れていく事になっていたかも知れません。

ただ、月日は毎日流れていく訳で、２０１２年を迎えたからといって何かが変わった訳ではありません。そんな月日を過ごす人間の気持ちにリセットさせてくれるだけです。なので、今年の新年はそのリセット文化に乗っかる形で心機一転をしたいと思います。実際には、今年は色々とチャレンジする事が沢山あり、まだ多くは語れませんが、今年中に成果を出すもの、2－3年かかるものと色々挑戦していく一年になると思います。

そういった意味で、今年のリセットは非常に重要であり、慎重かつ大胆に行う必要があると考えています。今年も色々な所で、力が発揮できる一年にして行きたいと考えておりますので、皆様宜しくお願い致します。
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   <title>必要な努力と無駄な努力</title>
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   <published>2011-12-20T08:21:08Z</published>
   <updated>2012-01-05T04:56:56Z</updated>
   
   <summary>努力は何にも勝るというが、果たして本当にそうだろうか？ という議論になった時のお...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      努力は何にも勝るというが、果たして本当にそうだろうか？
という議論になった時のお話。
      とある経営者の会合で、自分達はどれだけ努力しているのか？という話になった時の事。ある会社の社長さんが、努力には２種類あると言われた。必要な努力と無駄な努力があると。努力という言葉の意味は「ある目標を掲げ、そこに目がけて邁進すること」であると思うが、果たしてその努力がどれだけ意味をなしているのか？を今一度確認した方が良いという。何の為？誰の為？と一度確認しろという。基本的に「自分」の為にする努力というのは、達成した時に報われるのは「自分」だけなので、我々レベルでは、さして意味がない。日本の教育では努力という言葉は、自分に向けられる言葉として教わるが、それで良いのは学生までの話である。同じ努力をするのであれば、世の為、自分以外の人の為に努力して、結果、報われる人が沢山出てくる事を目標にして、そこに邁進すべきである。　これだけ景気が悪いと、自然と世界観が小さくなり、自分が回りに迷惑をかけないように「自助努力」もしくは、せいぜい「会社の為」の努力レベルにとどまってしまう。そうではなく、世の中に出たら、自分も世の中の組織の一員として「努力」をすべきであろう。とおっしゃられた。みんながそういう意識を持つ事で「努力の還元化」が行われ、結果、その成果が世の中をめぐって、浮上すると。普段何気に使っている「努力」という言葉であるが、意外と「自分」以外の為に、自分が努力をする事を宣言した事が無い事に今更ながら気付いた。

世の中の為にする「努力」というのを皆さんは考えた事ってありますか？



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   <title>言い間違い言葉</title>
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   <published>2011-11-24T03:10:31Z</published>
   <updated>2011-12-05T03:43:24Z</updated>
   
   <summary>今年も残すところ、あと１カ月。 今年は「記憶」にも「記録」にも残る１年となりそう...</summary>
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      今年も残すところ、あと１カ月。
今年は「記憶」にも「記録」にも残る１年となりそうである。

これから年末にかけて、お客様と話をする機会や食事をする機会も増えると思うが、そんな中で「記憶」違いのうっかりした言い間違いで恥ずかしい思いをしないように・・・・。


      先日の社内会議でリアルにあったお話。


スタッフの業務進捗の報告を受けていた時の事。

「私には、難易度が高く[役不足]でしたので、Aさんに手伝って戴きました。」ん？役不足？一見、まともな謙譲的な報告に聞こえるが、役不足という例えの使い方を間違えている。本来、役不足という言葉は、対象の本人のスキル対して「役」が不足している場合に使う言葉。例えば、高いスキルを持っている人間に対し、簡易作業的な仕事が回ってきた場合「役不足だったので非常に簡単だった。」という使い方をするのが正しい。なので、彼の報告は謙譲したつもりが、かなり上目線かつ間違った言葉の使い方になっている。

要は、主役級の役者に対して、大部屋役者的な役が回ってきた時に「役が不足している」という意味合いで使われたのが語源。お酒の席などで、お客さんにお酒を勧められたりした時、酒に弱い当人が「私では役不足ですので、先輩飲んでください。」とお願いするのは絶対に避けなければならない。まあお酒に強い場合はこの限りではないが、そもそもビジネススキルが高い人は、自己表現で「役不足」という言葉は決して使わないので、使う事は避けるべき。もし使いたい場合は、先輩や上司を立てる時に「○○さん（先輩）では、このお酒（量）は、役不足なので私が飲みます！」的に使い、さっさとお酒を飲んでしまおう。そして先輩にはもっと大量の？強めの酒を飲んでもらうに限る。

ちなみに、よく言い間違う単語を下記に記してみるので、もし「記憶」「記録」違いをしていたらこのタイミングで修正を。　特にナルシシストとかね。。。



【誤読しやすい言葉】
 
×アボガド 
○アボカド　 

×シュミレーション 
○シミュレーション　 

×フューチャリング 
○フィーチャリング　 

×ナルシスト 
○ナルシシスト　 

×アタッシュケース 
○アタッシェケース　 

×ギブス 
○ギプス
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   <title>客の話を聞いてたらロクなモノは作れない。。。</title>
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   <published>2011-10-20T01:37:34Z</published>
   <updated>2011-11-04T07:19:23Z</updated>
   
   <summary>Apple社の創立者である「スティーブジョブス」が亡くなった。 享年５６歳。ご冥...</summary>
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      Apple社の創立者である「スティーブジョブス」が亡くなった。
享年５６歳。ご冥福をお祈りします。

今回は、彼の言葉で一番感銘を受けている一説を。。。
      まず、最初に一人の会社経営者の死去が、これほど世の中のニュースになった事があっただろうか？少なくとも、私は知らない。まあ彼が世の中に残したものの数々を考えれば当然かと思うが、基本的にほぼ現役であった事。個性的な考えの持ち主であった事。世の中を魅了し続けた事。この辺りが、ニュースになり続けている理由かと思われる。

私が社会人になって初めて触ったパソコンはApple社の「マッキントッシュ」だった。現在では、総合デジタルメーカのApple社は、当時はAppleComputer社というパソコンメーカだった。その頃は、パソコンも非常に高価でかつ、インターネットもなかった。DTPやデザインの世界ではデファクトスタンダードだったApple社のパソコン。当時の会社に、出入りしていた印刷会社の社長さんが、しきりにうちはMac20台で仕事しています。と豪語していたのが懐かしい。パソコンが立派な会社の資産として認められていた時代のお話。Apple社がどんなコンセプトのパソコンを出していたは、割愛するとして、彼のビジネスをする上でのポリシーというか鉄則として「客のニーズを聞かない」と言うのがある。

彼の語録を正確に引用すると

「消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけでは成功とは言えない。」「モノを設計するのはとても難しい。大概は、人間は出来上がった形を見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ。」

まだ、若かりし頃の私は、？？な話であった。
一般的な日本的な教育では「マーケティング」という名のものと、消費者の「ニーズ」を「リサーチ」し商品化する鉄則と教わる中で、この話は「何言ってるの？この人」とさえ思っていた。
実際、この考えたの違いが、日本的発想の「マーケティング」の集大成の携帯電話（ガラケー）の現在と、発表した瞬間に株価が下落した「iPhone」の現在がこの答えのすべてだと思う。

自分なりに答えを出すとすれば、要は、ユーザに「すごい！」と言わせられるモノを作れるかどうかなんだろうな。と実感させられたという事である。乱暴な話だが、私がメーカをやれない理由の一つにそれがある。

私と同じような事をコメントされている方がいたので引用させて戴く。

「つまり、本当の商品企画というものは、独善的に“ユーザーに思いつかないような斬新なコンセプト”がひらめくような人しかできないということです。ラーメン屋でもケーキ屋でもパソコンメーカーでもこれは同じなんです。日産が復活したんだって、絶対売れないといわれて生産中止になっていた『フェアレディZ』をカルロス・ゴーンが再開発したからじゃないですか。『Facebook』だってザッカーバーグが独善的に機能を詰め込んでいまのかたちになったから世界を支配した。極論をいえば顧客の意見なんて聞く必要はないのだ。顧客にスゲエ、と言わせれば良いだけの話です。」-永江一石ブログ『More Access,More Fun!』 より引用-



ジョブスの発想がすべて正しいとは思わない。しかし、世の中にモノを生み出す時の原動力の考え方としてはこれ以上に答えがない。またそれを言いきって且つ、やりきる力を兼ね備えている事も魅力の一つ。大概の人は、途中の展開方法を間違える、もしくは力不足で、ガラケーみたいな商品を作ってしまう。（まあ作らざる得ないんだろうけど...そんなガラケーを作ってしまった同じ日本人としては、何も言いようがないんだけど、どうにかならないものかねぇ。と常日頃考えてます。色々な事を。。。。）

本来の商品開発というのは、「誰も思いつかない、斬新なコンセプト」がどれだけあるか？に尽きる。その事を地でやり続けたスティーブジョブスに敬意を表さない（せない）人は、商品企画をやる資格がないと言われる所以な彼が、いなくなってしまった。たぶん、彼以上の人が出てこない限り、この業界で、私が衝動買いする事はないんだろうな。というぐらい、彼が好きでした。　安らかに。。。。




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   <title>安易に値引される価格</title>
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   <published>2011-09-20T12:59:09Z</published>
   <updated>2011-10-05T03:42:05Z</updated>
   
   <summary>クライアントに提案をしていると値引き要求をされる事がある。...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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         <category term="4.日々の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://consul.pitserv.jp/">
      クライアントに提案をしていると値引き要求をされる事がある。
      時節（不況）がらという言い訳はしたくないが、世の中が「値引き」をしやすい環境になっている昨今。

クライアントから

「提案内容は良いのだけど、金額が。。。」
「もう少し価格がなんとかなれば。。。。。」

的な話を聞くシーンが見受けられる。

値引き交渉になると、クライント側が強いというのが、現場の実情である。提供側は「売りたい」と思うからこそ、金額という障害壁をなんとか調整して、決めたい！という心理が働く。場合によっては強引にでも社内調整して決断してしまう事もよくある話。しかしその値引きは、果たして、自分にとって、会社にとって、強いてはクライアントにとっても、メリットのある話なのだろうか？という事を一旦考えてほしいものである。


そもそも、値引きをするという事は、自社の商品・サービスの価格価値を、自ら下げるという行為である。言い方を変えると、提案している内容の価値がクライントにとっては、適正価格でないと言っているようなものである。プライドがある営業は、決してそんな事はしないであろう。

そんな時、気をつけたい事。その要求（値引き）価格は、果たして適正なのだろうか？価格を考えるときには、まず要求内容（視点）からお客様の思考を読み取るように心掛けている。客の要求はどこにあるのか？要求と一口に言っても、大きく分けて２種類に分かれると思う。

１）復元要求
２）実現もしくは改善要求

クライアントはお金を出してどの要求を叶えたいと考えているのだろうか？ 


まず「復元要求」の定義は

「ハードディスクが壊れて、パソコンが壊れた」といったものである。このとき、クライアントとって提供される商品・サービスに対する費用は「コスト」である。本来壊れなければ、必要としない費用なので。

 
続いて「実現もしくは改善要求」とは、
例えば「WEBページをきれいに見せたい」「売上を伸ばしたい」といったもの。このために費やすお金は、コストではなく「投資」である。売上や利益を上げる為にかかる費用なので。

「コスト」と「投資」。

この２つは同じ「お金を使う」という行動だが、似て非なるものである。前者であれば価格交渉は当然避けられないが、後者であれば、そもそも値引きに応じる必要がない事が多い。前者であれば、元に回復させた状態が、すでに形としてあるので、その形にする為にどれだけ費用がかかるのか？その形にして初めて、マイナスの状態から元の状態（すなわち０[ゼロ]になる。）裏を返せば元の形に戻りさえすれば、費用は安いに越した事はない。しかし「投資」に関して言えば、費用を安くする事で、得られる結果が対した事ない内容になってしまうと、そもそもお金をかけた意味がなくなってしまう。そうなってくると、クライアント都合の価格設定ではなく、我々が実現に向けて提案した内容や費用が基本になる。逆にいえば、どちらかが欠けたとしても、より良い投資の回収にならないのである。ここで安易に値引きに応じてしまうと、結果良いものが出来上がったとしても、適正価格はクライアントが提示した価格になってしまうし、結果良くないものが出来上がったとしたら、それはそれで、両社ともに泣きを見る事になってしまう。そこを理解していない営業もクライアントも結果、自分達の価値を下げている事に気づくだろうか？

要は「投資」提案に、値引きは禁物なのである。


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   <title>創造と製造はどっちの仕事が得意？（3）</title>
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   <published>2011-08-21T10:50:35Z</published>
   <updated>2011-09-05T03:17:15Z</updated>
   
   <summary>また、今年も、インターン生の季節になりました。 という訳で、就職読本的なお話。 ...</summary>
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      また、今年も、インターン生の季節になりました。
という訳で、就職読本的なお話。

創造にと製造のそれぞれに必要な能力のお話　その３


      まず製造に必要な能力をあげると

同じ事を、何度も何回も何年やっても飽きない力

製造というのは、量産商売である。量を売ってナンボの世界。という事は、製造という行為を何回も繰り返す事である。何度も何回も何年も。。。ただ同じ事の繰り返しだけで片付く話ではないが、同じ製品を造り続ける事は結構難しい。毎日の天気が同じでないように、製造にかかる工程というのは、同じ日はない。製造原価の元になる材料の値段は毎日違うし、市場の価格も毎日変わってくる。そんな中で、毎度、毎度同じモノをつくって、キチンと利益を出す。そして製造者として、粗悪なモノを作るのは論外。品質をキチンと評価される。これってかなりの確率で難しい事と言える。何故なら、大概は同じ事の繰り返しに「飽き」てしまうからである。ココでいう「飽き」は「もうや～めた」的な感情の話ではなく、飽きが来る事により、製造物の品質・利益が悪くなる事を指す。これは言い換えると忍耐力とも言えるかも。

続いて、創造に必要な能力をあげると

常に世の中を気にする力と飽きる力

である。創造とは「存在価値を示す」行為であるので、世の中に何を存在させれば良いのか？すなわち世の中に対して幅広く興味（気にする）を持ち続けなければならない。でなければ、世の中に必要な存在価値を生み出す事は出来ないからである。新しいモノや事を追い続ける事ともちょっと違う。新しい事やモノに必ずしも「存在価値」があるとは限らないからである。世の中にあまり興味がなかったり、限定的だったりする人にはまず向かない仕事である。それと「創造」した後に「飽きる」事ができる力。製造で説明した「飽き」とは真逆で「もうや～めた」と言える力である。ちょっと細かくなるが、創造は創るまでが仕事である。改良したり製造する事ではない。逆に悲しいかな「創造」できた瞬間からそれは劣化していく。創造物に対して寿命というカウントダウンが始まるのである。なので、創造物に固執せずに「もうや～めた」と言える「飽きる力」が備わっていないとイケない。人間は誰でも創造に成功すると、どうしてもその成功をパターン化し、そのモノに固執してしまいがちである。なので、そこであえて「飽きる」事が出来るかが、創造に携わる人に必要な力である。

創造があって製造。創造があって製造。世の中はこうやって繰り返されている。
結構極論的な説明にも聞こえるが、結局の所、根底の部分はこのどちらかである。
さて、自分は、どっちの仕事が向いているのだろうか？
（まあ大概人間ってのは、どっちつかずなんだけどね。）

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   <title>クラウド元年　震災より人災に注意（2）</title>
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   <published>2011-07-26T06:49:26Z</published>
   <updated>2011-08-05T02:44:14Z</updated>
   
   <summary>クラウドサービスの人災についての続編...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      クラウドサービスの人災についての続編
      震災には強いけど、まだまだこの世に生まれたばかりなので取り扱う人間が不慣れで、現時点でのクラウドサービスのトラブルの殆どが人災によるものである。


と前回のブログで書いた続きになるが、基本的にオペレーションのミスが多発しており、サービス開始まで苦労する話をよく聞く。

ただ、N社のクラウド障害はちょっと尋常ではない。障害が５月初旬に発生し、長い間障害が続いており現在も続いている。結果サービス停止に追い込まれ、現在では新規受付を一切停止している。再開の目処は現在も立っていない。一説によると、機器の障害発生時のオペレーションにミスがあり、一瞬で全クラウドが停止してしまった様子である。　結果すべてクラウドサービスが停止してしまったとの事。また、想像の域を出ないレベルの話として、障害復旧時におけるオペレーションが冗長化されていなかった為に、２次災害の発生している事に気づかず、復旧作業が進んでしまったようである。で、結局誤った復旧が行われ、各ユーザから接続不可になり、停止まで追い込まれてしまったらしい。

これはレアなケースとしても、新しいサービスの黎明期には、大概、想定の範囲の外に問題がある。
なので、この手のサービスをいち早く軌道に乗せる為には、どれだけ、想定の範囲外すなわちレアケースを沢山経験するかである。大手サービサーの場合はこのステップの踏み方はコンプライアンスやブランド的に難しいとは思うが、中小規模のサービサーはレアケースの経験を沢山積んで、サービス範囲を拡充していく事が必要である。過去の経験上、ASPサービスは、マニアック？前衛的？マイノリティ？なサービスを提供してく事で、生き残る事が可能であるからである。

その為に、最初は苦労の連続か続くと思うが、黎明期のまだサービスの外郭（輪郭）がはっきりしていない、（後数年ではっきりしてくる）この時期に、レアケースを沢山経験しておきたいモノである。

ただ、一方で、こういったローンチ後のビジネススキームには、想定外の事が多い為、一瞬雑多な仕事が増える。それを、一般的な今までルールで進めるには到底無理が生じる。例をあげると、既に枯れているサービスの枠に嵌めようとする、もしくはサービスの枠にはまらない事をやらない。ないがしろにする。など、今までの一般的という枠の中で処理しようとすると大概トラブルになる。すなわちこれが「人災」。
「前例がないから分からない」→当たり前である。そもそもサービス自身に前例がない。
「ユーザの言っている事が、分からない。サービスに当てはまらない」→当たり前である。ユーザだった初めて使うサービスなんだから最初から我々が用意している「辞書」の中で会話してくれる保証はない。

こういった何処かで誰かがサービスに対して「消極的」に携わる事で、想定の範囲がどんどん小さくなり、結果サービスレベルでの「オペレーションミス」すなわち「人災」が発生する。

野球で言えば、外野の守備範囲がレフト、センター、ライトのそれぞれの線引きが定まっていない中で
皆が勝手に、レフト、センター、ライトの範囲を決めてしまい、それが外野の全範囲を守備しきれてなければ、そこに落ちたボールは、エラーになってしまう。

サービスが熟成されていれば、こんなミスも発生しないだろうが、現時点では、レフトであろうと、センターであろうと、ライトであろうと、外野の守備範囲は全部俺（個人）で守ってやる！ぐらいのモチベーションでサービスに取り組むべきである。その為に、守備が被る部分に雑多な仕事が増えるかもしれない。多く動き回るので体力必要である。視野角でも、漏れてしまうよりましである。結果、想定の範囲が増やせるのである。そして気づくと、他社では提供していない（できない）サービスが誕生するのである。そこまでの道のりはとっても大変ではあるが。。。。そうでもしないと、生き残れないと思う。多分。
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   <title>スマホの弊害....</title>
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   <published>2011-07-12T08:30:12Z</published>
   <updated>2011-08-05T08:36:03Z</updated>
   
   <summary>スマートフォンが世界的に認知され４年の月日が過ぎた。非常に便利なツールとして、国...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      スマートフォンが世界的に認知され４年の月日が過ぎた。非常に便利なツールとして、国内市場においても、昨年末から爆発的に販売台数を伸ばしている。当然これだけ、認知されれば、経済動向にも色々影響を及ぼしているが、必ずしもポジティブな話ばかりではない。。。。
      ポジティブな部分としては、スマホという新市場において様々なジャンルの商品が登場している。
まずは、スマホの携帯内で展開されているアイデアベースのアプリケーションサービス。正直、毎日数え切れないアプリケーションが発表され、そのアプリをひたすら紹介するアプリまでが沢山存在する程である。また、携帯電話売り場の何処にでもスマホ専用のアクセサリーコーナーが日を追う事に拡張されている。奇抜なデザインなモノから、実に機能的なモノまで沢山ある。人によってはいくつものカバーを所有して、着せ替え人形的に使い分けてたりする。アクセサリーは、ガラケーの文化を世襲し、また新しい機種（形状）が出続ける限り、その勢いは総合的に衰える事はないだろう。


で、変わってネガティブ部分。
まず、スマホは、機能的、要領的に小さなパソコンである場合が殆ど。その為にパソコンが世の中にもたらすネガティブ要素が、サイズが変わって同じ現象が起きていると思われる。まずセキュリティ。これは言わずもがなで、便利になればリスクは付きまとう訳で、ウィルスの問題しかり、盗難、紛失時のトラブルの脅威ときたら、パソコンレベルでは済まされない。という訳で、損失を防ぐためのコストを考えると明らかにネガティブ要素の一つと言える。
続いて、直接的ではないが、間接的な経済損失。そもそもコンシューマ（消費者）にとって便利なツールというのは、提供側にとってはデメリットな事が多い。これは経済理論的に当たり前なので、今更問う話ではないが、基本的にインターネットの発達によって、消費者は、基本なんでも「調べる」「比較する」というスキルが飛躍的に上がった。たとえばモノを購入する。品物を購入する。といった消費の際に、今までにない位の情報収集した上で、消費に踏み切る事になる。

ただ、その情報収集について、パソコンと同じレベルで、持ち出し可能なスマホは、購入直前まで可能な事を意味する。結果、消費の直前まで情報に触れる事により、消費に対する決意が鈍る。そもそも昨今は、口コミに代表される、「誰か」が「良い」と評価したものが売れる傾向にあり、本来の「売れる商品」と今市場で「売れている商品」は、リンクしていない事が多い。それはパソコンが情報収集のメインツールだった頃からの傾向であるが、それは「消費しよう」と決定し、パソコンの前から離れた瞬間から購入するまでに発生するタイムラグが生じていた事でもある。人によっては１時間から１週間程度生じていた。それが、スマホのせい（おかげ）で、レジを通過する直前までタイムラグが発生しない事になったのである。これは、提供側からすれば脅威である。消費者が、レジでお金を払うまで気が抜けないのである。もしその直前に、商品にネガティブ要素が見つかったら？競合がより安い値段で提供して来たら？要は、消費者側がより合理的に判断できるようになればなるほど、消費者側の消費決定意識のハードルが上がってくる。結果、提供側は本来の目的とは違う努力がどんどん必要になってくる。その為のコストは、当然。。。。消費者側が支払うだけど。あースマホの弊害。。。





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   <title>ガラケーでもスマホでもなく「ガラスマホ」</title>
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   <published>2011-06-10T03:51:27Z</published>
   <updated>2011-08-02T06:48:30Z</updated>
   
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      今年の夏の、各社のスマホのラインナップがすごい。何がすごいってガラケー時代のラインナップと一線を画しているからだ。
      市場調査では、アンドロイド携帯がiphoneの販売台数を抜き、今後はスマホが市場シェア一位になる事が間違いないと予測されている。

元々携帯電話（ガラケー）は、各キャリア別に機種に特色を出し、同じメーカであってもキャリアが違えば機能やデザインも違うという事があった。しかし今回のスマホの販売においては、まったく逆の現象が起きている。auが先行して発売に踏み切っている各社のスマホとこれから発売するDoCoMoのスマホはほぼ全く同一である。そもそも見た目だけでなく、商品名まで同一である。せいぜい違うのはカラーリングだけ。これには二度びっくりした。一度目は、他キャリアでも同じスマホである事。二度目は、auが先行してDoCoMoga追随している事。これって今までのガラケー時代には考えられなかった事である。スマホは携帯電話の形をしたパソコンであるから、開発費用も半端ないと聞く。結果的に各社がキャリア毎に別々に作る事だ難しいのか、キャリアがそれぞれの優遇策を提示出来ていないのかは不明だが、メーカ主導の市場に見えるのは間違いない。要はどういう事かというと、ガラケー時代に散々提供してきたキャリアの本来のサービスではない機種に依存した付加サービスがしづらいという事である。ある意味、キャリア事業への原点回帰の良いタイミングはある。ただキャリアのガラケー時代の戦略が通じにくくなっている事は間違いない。ただ今までの長期戦略を急に方向転換出来るほど、柔軟な訳もなく、各スマホのカスタマイズ機能がかなり面白い事になっている。

その代表的なモノが、アプリケーション。各社差別化を図る為に、アンドロイド上に搭載するアプリケーションに特色を出している。まあそれはそれで良い事なのだが、そのせいで、そもそもの基本OSのアップデートに制限がかかり、結果的にアンドロイドOSのアップデートができない状態が続いている。
頻繁に行われるOSのアップデートにアプリケーションがついて行けず、ユーザを困らせているのである。ガラケー時代は、OSは、基本各キャリアカスタマイズOSだったので、アップデートもキャリア主体で出来たが、スマホのOSは、皆さんご存じの世界標準OSなので、極東のいちキャリアの都合なんぞおかまいなし。結果、お財布携帯などの独自アプリがOSアップデートの度に苦労してアップデートをする羽目になる。要は、自分達の都合で進める事が出来ず、市場のニーズと微妙にズレが生じているのである。
実はあまり知られていないが、日本のスマホはキャリアの都合を反映させた、国内でしか使えない独自アプリが結構存在する。それはガラケー時代に構築した収益の仕組みをスマホに移植している部分である。それゆえに、世界的に見るとただのスマホではなく、「ガラスマホ」とささやかれ始めている。
まあ今はそれでも良いとは思うが。。。今後はどうなるんだろ？やっぱりガラパゴス化するのだろうか？
ただ上記の問題があるので、あまりガラパゴスな事ばっかりやっていると、日本市場からも見放される事になると思う。各キャリアの本来の業務である繋がりやすさと回線スピードの差がなくなりつつある今、今後のキャリアが注力を注ぐのはどこだろうか？もう、AppStoreなどのアプリモールなどのキャリアモデルは既に寡占化が進んでいるので、今さら、i-modeやBrewなどの焼きまわしは意味がないだろう。となってくるとスマホだけの話でいけば間違いなくアプリケーションの企画開発だろう。キャリアサービスを充実する為にアプリ開発に力を入れる。回線屋なのにアプリ開発屋を目指すという一見？な事であるが、世界市場に乗っかって戦い始めた今、その選択肢もあながち間違いではない日は、そう遠くないと思われる。


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   <title>クラウド元年　震災より人災に注意（１）</title>
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      業界ネタであるが、今年は「クラウド元年」である。
別に私の言葉ではない。様々なITニュースがそう言っているのである。

そんなスタートアップ時期に、苦節１２年目に初めて当社もサービスを開始できる事を非常に嬉しく思う。
      このブログが皆さんの目に止まる頃には、弊社として正式にサービスリリースをされていると思うが、今は一部のお客様に先行してβ的にセールスしている最中である。

そもそも、クラウドの意味は改めて説明する間でもないが、基本的によく分からない場所（雲の中）にあるサービスを一定のルールに基づいて使う事を表す。よく分からないというのは、敢えて具体的なロケーションを説明する事に重点をおいている訳ではなく、ロケーションは何処であろうと、必要なサービスを必要な量だけ提供する事に重点を置いているビジネスモデルである。（ホントに分からない事はない）形状やロケーションブランドは一切関係ないのである。

まあ、それの真の意味する事を充分に理解できている人はほんの一握り。だって元年だもの。技術論や経済論的な話は巷に溢れているが、いずれも推測の域をでない。だって元年だもの。それを勝ち組・負け組と別けて語る輩がいたらそれは贋物である。だって元年だもの。　いづれも、最もらしいデータは何一つ世の中には無い。

実はこれと同じような事を我々は１３～４年前に経験している。インターネットの普及である。同じではなく「同じような」といっているのはインターネットはニューエコノミーだったが、クラウドは、どちらかというと「産業革命」レベルであるからである。新しい経済が生まれた程ではないが産業革命がおきつつある位かなぁ。と私は勝手に感じていて、そのスタートアップにサービス参入できるのを嬉しく思っているのである。

標題で震災より人災と言っているのは、震災には強いけど、まだまだこの世に生まれたばかりなので取り扱う人間が不慣れで、現時点でのクラウドサービスのトラブルの殆どが人災によるものである。と
言いたかったので、そう書いてみた。どんな人災が起きているのか？は各社の事例を交えながら、また次回。

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