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   <title>ITコンサルティングというお仕事</title>
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   <updated>2012-02-03T06:31:58Z</updated>
   <subtitle>世間を賑わすITコンサルとは、ちょっと視点の違う純粋にコンサルなお話
 谷中裕之のブログ</subtitle>
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   <title>会話を置くⅠ</title>
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   <published>2012-01-20T11:57:46Z</published>
   <updated>2012-02-03T06:31:58Z</updated>
   
   <summary>ここ１０年のビジネス会話で気になっている事。 「会話を置きにいく」...</summary>
   <author>
      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      ここ１０年のビジネス会話で気になっている事。

「会話を置きにいく」
      「会話を置きに行く」という表現自身、昔はなかったと思う。少なくともサラリーマン時代には存在しなかった。というかそういう状況が殆ど見受けられなかった。なのでここ１０年で生まれたと勝手に推測する。まず「置きに行く」という言葉の語源は主にスポーツなどで用いられる言葉で、野球であれば勝負をしない投球。サッカーではボールアウトさせる事などを総称して呼ぶ。要は、勝負をするのではなく、安定を求める、という意味である。

最近では、テレビなどのメディアで芸人さんの間で「お前、今そのネタ置きにいっただろ？」的なやりとりを耳にする事がある。まあ、流行り廃りという意味で「置きに行く」という言葉自身に特に問題はないと思う。ただ、実際のビジネスの場で「会話を置きに行く」のはかなり高等なテクニックで難しい。ただそんな難しい行為を表す「置きに行く」というフレーズを違う目的で安易にかつ多様されている感がある。

置きに行く行為というのは、「勝負をしない」「とりあえず的に情報を出す」「リスク回避」という目的で使われやすいが、そこに秘めている事として「毒にも薬」にもならない「てきとーな情報」を「判断を相手に勝手に委ね」るように渡す事でもある。要は、どうでも良い話をてきとーにして、相手に「こいつは何が言いたいんだ？つかえない奴だなぁ」というリスク回避をしているつもりでより大きなリスクをしょい込む事になるのである。


実際のビジネスの現場で、客に対して本質やセールスポイントを説明せず、会話をあっちこっちに飛んだり中々核心に攻められなかったり、断られるのが怖いのか中々クロージングまで持って行けなかったり。。。要は会話を置きに行っているシーンが非常に多くみられる。そんな事ないですか？

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   <title>謹賀新年’１２</title>
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   <published>2012-01-03T04:47:44Z</published>
   <updated>2012-01-05T04:57:55Z</updated>
   
   <summary>謹賀新年２０１２ 今年もよろしくお願い致します。...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      謹賀新年２０１２

今年もよろしくお願い致します。
      昨年は....という下りの挨拶がとてもし辛い２０１１年でした。
色々な事がおき過ぎて、一言では言い表せない１年だったからです。しかし、日本というのはある意味とても便利かつ合理的な習慣の「正月」という文化があるおかげで、気持ちをリセットする事が出来ます。正直この「正月」という文化がなければ、色々なモノを引きずったまま月日が流れていく事になっていたかも知れません。

ただ、月日は毎日流れていく訳で、２０１２年を迎えたからといって何かが変わった訳ではありません。そんな月日を過ごす人間の気持ちにリセットさせてくれるだけです。なので、今年の新年はそのリセット文化に乗っかる形で心機一転をしたいと思います。実際には、今年は色々とチャレンジする事が沢山あり、まだ多くは語れませんが、今年中に成果を出すもの、2－3年かかるものと色々挑戦していく一年になると思います。

そういった意味で、今年のリセットは非常に重要であり、慎重かつ大胆に行う必要があると考えています。今年も色々な所で、力が発揮できる一年にして行きたいと考えておりますので、皆様宜しくお願い致します。
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   <title>必要な努力と無駄な努力</title>
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   <published>2011-12-20T08:21:08Z</published>
   <updated>2012-01-05T04:56:56Z</updated>
   
   <summary>努力は何にも勝るというが、果たして本当にそうだろうか？ という議論になった時のお...</summary>
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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   <category term="6" label="必要な努力と無駄な努力" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      努力は何にも勝るというが、果たして本当にそうだろうか？
という議論になった時のお話。
      とある経営者の会合で、自分達はどれだけ努力しているのか？という話になった時の事。ある会社の社長さんが、努力には２種類あると言われた。必要な努力と無駄な努力があると。努力という言葉の意味は「ある目標を掲げ、そこに目がけて邁進すること」であると思うが、果たしてその努力がどれだけ意味をなしているのか？を今一度確認した方が良いという。何の為？誰の為？と一度確認しろという。基本的に「自分」の為にする努力というのは、達成した時に報われるのは「自分」だけなので、我々レベルでは、さして意味がない。日本の教育では努力という言葉は、自分に向けられる言葉として教わるが、それで良いのは学生までの話である。同じ努力をするのであれば、世の為、自分以外の人の為に努力して、結果、報われる人が沢山出てくる事を目標にして、そこに邁進すべきである。　これだけ景気が悪いと、自然と世界観が小さくなり、自分が回りに迷惑をかけないように「自助努力」もしくは、せいぜい「会社の為」の努力レベルにとどまってしまう。そうではなく、世の中に出たら、自分も世の中の組織の一員として「努力」をすべきであろう。とおっしゃられた。みんながそういう意識を持つ事で「努力の還元化」が行われ、結果、その成果が世の中をめぐって、浮上すると。普段何気に使っている「努力」という言葉であるが、意外と「自分」以外の為に、自分が努力をする事を宣言した事が無い事に今更ながら気付いた。

世の中の為にする「努力」というのを皆さんは考えた事ってありますか？



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   <title>言い間違い言葉</title>
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   <published>2011-11-24T03:10:31Z</published>
   <updated>2011-12-05T03:43:24Z</updated>
   
   <summary>今年も残すところ、あと１カ月。 今年は「記憶」にも「記録」にも残る１年となりそう...</summary>
   <author>
      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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         <category term="5.スタッフへMSG" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      今年も残すところ、あと１カ月。
今年は「記憶」にも「記録」にも残る１年となりそうである。

これから年末にかけて、お客様と話をする機会や食事をする機会も増えると思うが、そんな中で「記憶」違いのうっかりした言い間違いで恥ずかしい思いをしないように・・・・。


      先日の社内会議でリアルにあったお話。


スタッフの業務進捗の報告を受けていた時の事。

「私には、難易度が高く[役不足]でしたので、Aさんに手伝って戴きました。」ん？役不足？一見、まともな謙譲的な報告に聞こえるが、役不足という例えの使い方を間違えている。本来、役不足という言葉は、対象の本人のスキル対して「役」が不足している場合に使う言葉。例えば、高いスキルを持っている人間に対し、簡易作業的な仕事が回ってきた場合「役不足だったので非常に簡単だった。」という使い方をするのが正しい。なので、彼の報告は謙譲したつもりが、かなり上目線かつ間違った言葉の使い方になっている。

要は、主役級の役者に対して、大部屋役者的な役が回ってきた時に「役が不足している」という意味合いで使われたのが語源。お酒の席などで、お客さんにお酒を勧められたりした時、酒に弱い当人が「私では役不足ですので、先輩飲んでください。」とお願いするのは絶対に避けなければならない。まあお酒に強い場合はこの限りではないが、そもそもビジネススキルが高い人は、自己表現で「役不足」という言葉は決して使わないので、使う事は避けるべき。もし使いたい場合は、先輩や上司を立てる時に「○○さん（先輩）では、このお酒（量）は、役不足なので私が飲みます！」的に使い、さっさとお酒を飲んでしまおう。そして先輩にはもっと大量の？強めの酒を飲んでもらうに限る。

ちなみに、よく言い間違う単語を下記に記してみるので、もし「記憶」「記録」違いをしていたらこのタイミングで修正を。　特にナルシシストとかね。。。



【誤読しやすい言葉】
 
×アボガド 
○アボカド　 

×シュミレーション 
○シミュレーション　 

×フューチャリング 
○フィーチャリング　 

×ナルシスト 
○ナルシシスト　 

×アタッシュケース 
○アタッシェケース　 

×ギブス 
○ギプス
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   <title>客の話を聞いてたらロクなモノは作れない。。。</title>
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   <published>2011-10-20T01:37:34Z</published>
   <updated>2011-11-04T07:19:23Z</updated>
   
   <summary>Apple社の創立者である「スティーブジョブス」が亡くなった。 享年５６歳。ご冥...</summary>
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      Apple社の創立者である「スティーブジョブス」が亡くなった。
享年５６歳。ご冥福をお祈りします。

今回は、彼の言葉で一番感銘を受けている一説を。。。
      まず、最初に一人の会社経営者の死去が、これほど世の中のニュースになった事があっただろうか？少なくとも、私は知らない。まあ彼が世の中に残したものの数々を考えれば当然かと思うが、基本的にほぼ現役であった事。個性的な考えの持ち主であった事。世の中を魅了し続けた事。この辺りが、ニュースになり続けている理由かと思われる。

私が社会人になって初めて触ったパソコンはApple社の「マッキントッシュ」だった。現在では、総合デジタルメーカのApple社は、当時はAppleComputer社というパソコンメーカだった。その頃は、パソコンも非常に高価でかつ、インターネットもなかった。DTPやデザインの世界ではデファクトスタンダードだったApple社のパソコン。当時の会社に、出入りしていた印刷会社の社長さんが、しきりにうちはMac20台で仕事しています。と豪語していたのが懐かしい。パソコンが立派な会社の資産として認められていた時代のお話。Apple社がどんなコンセプトのパソコンを出していたは、割愛するとして、彼のビジネスをする上でのポリシーというか鉄則として「客のニーズを聞かない」と言うのがある。

彼の語録を正確に引用すると

「消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけでは成功とは言えない。」「モノを設計するのはとても難しい。大概は、人間は出来上がった形を見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ。」

まだ、若かりし頃の私は、？？な話であった。
一般的な日本的な教育では「マーケティング」という名のものと、消費者の「ニーズ」を「リサーチ」し商品化する鉄則と教わる中で、この話は「何言ってるの？この人」とさえ思っていた。
実際、この考えたの違いが、日本的発想の「マーケティング」の集大成の携帯電話（ガラケー）の現在と、発表した瞬間に株価が下落した「iPhone」の現在がこの答えのすべてだと思う。

自分なりに答えを出すとすれば、要は、ユーザに「すごい！」と言わせられるモノを作れるかどうかなんだろうな。と実感させられたという事である。乱暴な話だが、私がメーカをやれない理由の一つにそれがある。

私と同じような事をコメントされている方がいたので引用させて戴く。

「つまり、本当の商品企画というものは、独善的に“ユーザーに思いつかないような斬新なコンセプト”がひらめくような人しかできないということです。ラーメン屋でもケーキ屋でもパソコンメーカーでもこれは同じなんです。日産が復活したんだって、絶対売れないといわれて生産中止になっていた『フェアレディZ』をカルロス・ゴーンが再開発したからじゃないですか。『Facebook』だってザッカーバーグが独善的に機能を詰め込んでいまのかたちになったから世界を支配した。極論をいえば顧客の意見なんて聞く必要はないのだ。顧客にスゲエ、と言わせれば良いだけの話です。」-永江一石ブログ『More Access,More Fun!』 より引用-



ジョブスの発想がすべて正しいとは思わない。しかし、世の中にモノを生み出す時の原動力の考え方としてはこれ以上に答えがない。またそれを言いきって且つ、やりきる力を兼ね備えている事も魅力の一つ。大概の人は、途中の展開方法を間違える、もしくは力不足で、ガラケーみたいな商品を作ってしまう。（まあ作らざる得ないんだろうけど...そんなガラケーを作ってしまった同じ日本人としては、何も言いようがないんだけど、どうにかならないものかねぇ。と常日頃考えてます。色々な事を。。。。）

本来の商品開発というのは、「誰も思いつかない、斬新なコンセプト」がどれだけあるか？に尽きる。その事を地でやり続けたスティーブジョブスに敬意を表さない（せない）人は、商品企画をやる資格がないと言われる所以な彼が、いなくなってしまった。たぶん、彼以上の人が出てこない限り、この業界で、私が衝動買いする事はないんだろうな。というぐらい、彼が好きでした。　安らかに。。。。




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   <title>安易に値引される価格</title>
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   <published>2011-09-20T12:59:09Z</published>
   <updated>2011-10-05T03:42:05Z</updated>
   
   <summary>クライアントに提案をしていると値引き要求をされる事がある。...</summary>
   <author>
      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      クライアントに提案をしていると値引き要求をされる事がある。
      時節（不況）がらという言い訳はしたくないが、世の中が「値引き」をしやすい環境になっている昨今。

クライアントから

「提案内容は良いのだけど、金額が。。。」
「もう少し価格がなんとかなれば。。。。。」

的な話を聞くシーンが見受けられる。

値引き交渉になると、クライント側が強いというのが、現場の実情である。提供側は「売りたい」と思うからこそ、金額という障害壁をなんとか調整して、決めたい！という心理が働く。場合によっては強引にでも社内調整して決断してしまう事もよくある話。しかしその値引きは、果たして、自分にとって、会社にとって、強いてはクライアントにとっても、メリットのある話なのだろうか？という事を一旦考えてほしいものである。


そもそも、値引きをするという事は、自社の商品・サービスの価格価値を、自ら下げるという行為である。言い方を変えると、提案している内容の価値がクライントにとっては、適正価格でないと言っているようなものである。プライドがある営業は、決してそんな事はしないであろう。

そんな時、気をつけたい事。その要求（値引き）価格は、果たして適正なのだろうか？価格を考えるときには、まず要求内容（視点）からお客様の思考を読み取るように心掛けている。客の要求はどこにあるのか？要求と一口に言っても、大きく分けて２種類に分かれると思う。

１）復元要求
２）実現もしくは改善要求

クライアントはお金を出してどの要求を叶えたいと考えているのだろうか？ 


まず「復元要求」の定義は

「ハードディスクが壊れて、パソコンが壊れた」といったものである。このとき、クライアントとって提供される商品・サービスに対する費用は「コスト」である。本来壊れなければ、必要としない費用なので。

 
続いて「実現もしくは改善要求」とは、
例えば「WEBページをきれいに見せたい」「売上を伸ばしたい」といったもの。このために費やすお金は、コストではなく「投資」である。売上や利益を上げる為にかかる費用なので。

「コスト」と「投資」。

この２つは同じ「お金を使う」という行動だが、似て非なるものである。前者であれば価格交渉は当然避けられないが、後者であれば、そもそも値引きに応じる必要がない事が多い。前者であれば、元に回復させた状態が、すでに形としてあるので、その形にする為にどれだけ費用がかかるのか？その形にして初めて、マイナスの状態から元の状態（すなわち０[ゼロ]になる。）裏を返せば元の形に戻りさえすれば、費用は安いに越した事はない。しかし「投資」に関して言えば、費用を安くする事で、得られる結果が対した事ない内容になってしまうと、そもそもお金をかけた意味がなくなってしまう。そうなってくると、クライアント都合の価格設定ではなく、我々が実現に向けて提案した内容や費用が基本になる。逆にいえば、どちらかが欠けたとしても、より良い投資の回収にならないのである。ここで安易に値引きに応じてしまうと、結果良いものが出来上がったとしても、適正価格はクライアントが提示した価格になってしまうし、結果良くないものが出来上がったとしたら、それはそれで、両社ともに泣きを見る事になってしまう。そこを理解していない営業もクライアントも結果、自分達の価値を下げている事に気づくだろうか？

要は「投資」提案に、値引きは禁物なのである。


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   <title>創造と製造はどっちの仕事が得意？（3）</title>
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   <published>2011-08-21T10:50:35Z</published>
   <updated>2011-09-05T03:17:15Z</updated>
   
   <summary>また、今年も、インターン生の季節になりました。 という訳で、就職読本的なお話。 ...</summary>
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      また、今年も、インターン生の季節になりました。
という訳で、就職読本的なお話。

創造にと製造のそれぞれに必要な能力のお話　その３


      まず製造に必要な能力をあげると

同じ事を、何度も何回も何年やっても飽きない力

製造というのは、量産商売である。量を売ってナンボの世界。という事は、製造という行為を何回も繰り返す事である。何度も何回も何年も。。。ただ同じ事の繰り返しだけで片付く話ではないが、同じ製品を造り続ける事は結構難しい。毎日の天気が同じでないように、製造にかかる工程というのは、同じ日はない。製造原価の元になる材料の値段は毎日違うし、市場の価格も毎日変わってくる。そんな中で、毎度、毎度同じモノをつくって、キチンと利益を出す。そして製造者として、粗悪なモノを作るのは論外。品質をキチンと評価される。これってかなりの確率で難しい事と言える。何故なら、大概は同じ事の繰り返しに「飽き」てしまうからである。ココでいう「飽き」は「もうや～めた」的な感情の話ではなく、飽きが来る事により、製造物の品質・利益が悪くなる事を指す。これは言い換えると忍耐力とも言えるかも。

続いて、創造に必要な能力をあげると

常に世の中を気にする力と飽きる力

である。創造とは「存在価値を示す」行為であるので、世の中に何を存在させれば良いのか？すなわち世の中に対して幅広く興味（気にする）を持ち続けなければならない。でなければ、世の中に必要な存在価値を生み出す事は出来ないからである。新しいモノや事を追い続ける事ともちょっと違う。新しい事やモノに必ずしも「存在価値」があるとは限らないからである。世の中にあまり興味がなかったり、限定的だったりする人にはまず向かない仕事である。それと「創造」した後に「飽きる」事ができる力。製造で説明した「飽き」とは真逆で「もうや～めた」と言える力である。ちょっと細かくなるが、創造は創るまでが仕事である。改良したり製造する事ではない。逆に悲しいかな「創造」できた瞬間からそれは劣化していく。創造物に対して寿命というカウントダウンが始まるのである。なので、創造物に固執せずに「もうや～めた」と言える「飽きる力」が備わっていないとイケない。人間は誰でも創造に成功すると、どうしてもその成功をパターン化し、そのモノに固執してしまいがちである。なので、そこであえて「飽きる」事が出来るかが、創造に携わる人に必要な力である。

創造があって製造。創造があって製造。世の中はこうやって繰り返されている。
結構極論的な説明にも聞こえるが、結局の所、根底の部分はこのどちらかである。
さて、自分は、どっちの仕事が向いているのだろうか？
（まあ大概人間ってのは、どっちつかずなんだけどね。）

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   <title>クラウド元年　震災より人災に注意（2）</title>
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   <published>2011-07-26T06:49:26Z</published>
   <updated>2011-08-05T02:44:14Z</updated>
   
   <summary>クラウドサービスの人災についての続編...</summary>
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      クラウドサービスの人災についての続編
      震災には強いけど、まだまだこの世に生まれたばかりなので取り扱う人間が不慣れで、現時点でのクラウドサービスのトラブルの殆どが人災によるものである。


と前回のブログで書いた続きになるが、基本的にオペレーションのミスが多発しており、サービス開始まで苦労する話をよく聞く。

ただ、N社のクラウド障害はちょっと尋常ではない。障害が５月初旬に発生し、長い間障害が続いており現在も続いている。結果サービス停止に追い込まれ、現在では新規受付を一切停止している。再開の目処は現在も立っていない。一説によると、機器の障害発生時のオペレーションにミスがあり、一瞬で全クラウドが停止してしまった様子である。　結果すべてクラウドサービスが停止してしまったとの事。また、想像の域を出ないレベルの話として、障害復旧時におけるオペレーションが冗長化されていなかった為に、２次災害の発生している事に気づかず、復旧作業が進んでしまったようである。で、結局誤った復旧が行われ、各ユーザから接続不可になり、停止まで追い込まれてしまったらしい。

これはレアなケースとしても、新しいサービスの黎明期には、大概、想定の範囲の外に問題がある。
なので、この手のサービスをいち早く軌道に乗せる為には、どれだけ、想定の範囲外すなわちレアケースを沢山経験するかである。大手サービサーの場合はこのステップの踏み方はコンプライアンスやブランド的に難しいとは思うが、中小規模のサービサーはレアケースの経験を沢山積んで、サービス範囲を拡充していく事が必要である。過去の経験上、ASPサービスは、マニアック？前衛的？マイノリティ？なサービスを提供してく事で、生き残る事が可能であるからである。

その為に、最初は苦労の連続か続くと思うが、黎明期のまだサービスの外郭（輪郭）がはっきりしていない、（後数年ではっきりしてくる）この時期に、レアケースを沢山経験しておきたいモノである。

ただ、一方で、こういったローンチ後のビジネススキームには、想定外の事が多い為、一瞬雑多な仕事が増える。それを、一般的な今までルールで進めるには到底無理が生じる。例をあげると、既に枯れているサービスの枠に嵌めようとする、もしくはサービスの枠にはまらない事をやらない。ないがしろにする。など、今までの一般的という枠の中で処理しようとすると大概トラブルになる。すなわちこれが「人災」。
「前例がないから分からない」→当たり前である。そもそもサービス自身に前例がない。
「ユーザの言っている事が、分からない。サービスに当てはまらない」→当たり前である。ユーザだった初めて使うサービスなんだから最初から我々が用意している「辞書」の中で会話してくれる保証はない。

こういった何処かで誰かがサービスに対して「消極的」に携わる事で、想定の範囲がどんどん小さくなり、結果サービスレベルでの「オペレーションミス」すなわち「人災」が発生する。

野球で言えば、外野の守備範囲がレフト、センター、ライトのそれぞれの線引きが定まっていない中で
皆が勝手に、レフト、センター、ライトの範囲を決めてしまい、それが外野の全範囲を守備しきれてなければ、そこに落ちたボールは、エラーになってしまう。

サービスが熟成されていれば、こんなミスも発生しないだろうが、現時点では、レフトであろうと、センターであろうと、ライトであろうと、外野の守備範囲は全部俺（個人）で守ってやる！ぐらいのモチベーションでサービスに取り組むべきである。その為に、守備が被る部分に雑多な仕事が増えるかもしれない。多く動き回るので体力必要である。視野角でも、漏れてしまうよりましである。結果、想定の範囲が増やせるのである。そして気づくと、他社では提供していない（できない）サービスが誕生するのである。そこまでの道のりはとっても大変ではあるが。。。。そうでもしないと、生き残れないと思う。多分。
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   <title>スマホの弊害....</title>
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   <published>2011-07-12T08:30:12Z</published>
   <updated>2011-08-05T08:36:03Z</updated>
   
   <summary>スマートフォンが世界的に認知され４年の月日が過ぎた。非常に便利なツールとして、国...</summary>
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      スマートフォンが世界的に認知され４年の月日が過ぎた。非常に便利なツールとして、国内市場においても、昨年末から爆発的に販売台数を伸ばしている。当然これだけ、認知されれば、経済動向にも色々影響を及ぼしているが、必ずしもポジティブな話ばかりではない。。。。
      ポジティブな部分としては、スマホという新市場において様々なジャンルの商品が登場している。
まずは、スマホの携帯内で展開されているアイデアベースのアプリケーションサービス。正直、毎日数え切れないアプリケーションが発表され、そのアプリをひたすら紹介するアプリまでが沢山存在する程である。また、携帯電話売り場の何処にでもスマホ専用のアクセサリーコーナーが日を追う事に拡張されている。奇抜なデザインなモノから、実に機能的なモノまで沢山ある。人によってはいくつものカバーを所有して、着せ替え人形的に使い分けてたりする。アクセサリーは、ガラケーの文化を世襲し、また新しい機種（形状）が出続ける限り、その勢いは総合的に衰える事はないだろう。


で、変わってネガティブ部分。
まず、スマホは、機能的、要領的に小さなパソコンである場合が殆ど。その為にパソコンが世の中にもたらすネガティブ要素が、サイズが変わって同じ現象が起きていると思われる。まずセキュリティ。これは言わずもがなで、便利になればリスクは付きまとう訳で、ウィルスの問題しかり、盗難、紛失時のトラブルの脅威ときたら、パソコンレベルでは済まされない。という訳で、損失を防ぐためのコストを考えると明らかにネガティブ要素の一つと言える。
続いて、直接的ではないが、間接的な経済損失。そもそもコンシューマ（消費者）にとって便利なツールというのは、提供側にとってはデメリットな事が多い。これは経済理論的に当たり前なので、今更問う話ではないが、基本的にインターネットの発達によって、消費者は、基本なんでも「調べる」「比較する」というスキルが飛躍的に上がった。たとえばモノを購入する。品物を購入する。といった消費の際に、今までにない位の情報収集した上で、消費に踏み切る事になる。

ただ、その情報収集について、パソコンと同じレベルで、持ち出し可能なスマホは、購入直前まで可能な事を意味する。結果、消費の直前まで情報に触れる事により、消費に対する決意が鈍る。そもそも昨今は、口コミに代表される、「誰か」が「良い」と評価したものが売れる傾向にあり、本来の「売れる商品」と今市場で「売れている商品」は、リンクしていない事が多い。それはパソコンが情報収集のメインツールだった頃からの傾向であるが、それは「消費しよう」と決定し、パソコンの前から離れた瞬間から購入するまでに発生するタイムラグが生じていた事でもある。人によっては１時間から１週間程度生じていた。それが、スマホのせい（おかげ）で、レジを通過する直前までタイムラグが発生しない事になったのである。これは、提供側からすれば脅威である。消費者が、レジでお金を払うまで気が抜けないのである。もしその直前に、商品にネガティブ要素が見つかったら？競合がより安い値段で提供して来たら？要は、消費者側がより合理的に判断できるようになればなるほど、消費者側の消費決定意識のハードルが上がってくる。結果、提供側は本来の目的とは違う努力がどんどん必要になってくる。その為のコストは、当然。。。。消費者側が支払うだけど。あースマホの弊害。。。





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   <title>ガラケーでもスマホでもなく「ガラスマホ」</title>
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   <published>2011-06-10T03:51:27Z</published>
   <updated>2011-08-02T06:48:30Z</updated>
   
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      <name>Hiroyuki Yanaka</name>
      
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      今年の夏の、各社のスマホのラインナップがすごい。何がすごいってガラケー時代のラインナップと一線を画しているからだ。
      市場調査では、アンドロイド携帯がiphoneの販売台数を抜き、今後はスマホが市場シェア一位になる事が間違いないと予測されている。

元々携帯電話（ガラケー）は、各キャリア別に機種に特色を出し、同じメーカであってもキャリアが違えば機能やデザインも違うという事があった。しかし今回のスマホの販売においては、まったく逆の現象が起きている。auが先行して発売に踏み切っている各社のスマホとこれから発売するDoCoMoのスマホはほぼ全く同一である。そもそも見た目だけでなく、商品名まで同一である。せいぜい違うのはカラーリングだけ。これには二度びっくりした。一度目は、他キャリアでも同じスマホである事。二度目は、auが先行してDoCoMoga追随している事。これって今までのガラケー時代には考えられなかった事である。スマホは携帯電話の形をしたパソコンであるから、開発費用も半端ないと聞く。結果的に各社がキャリア毎に別々に作る事だ難しいのか、キャリアがそれぞれの優遇策を提示出来ていないのかは不明だが、メーカ主導の市場に見えるのは間違いない。要はどういう事かというと、ガラケー時代に散々提供してきたキャリアの本来のサービスではない機種に依存した付加サービスがしづらいという事である。ある意味、キャリア事業への原点回帰の良いタイミングはある。ただキャリアのガラケー時代の戦略が通じにくくなっている事は間違いない。ただ今までの長期戦略を急に方向転換出来るほど、柔軟な訳もなく、各スマホのカスタマイズ機能がかなり面白い事になっている。

その代表的なモノが、アプリケーション。各社差別化を図る為に、アンドロイド上に搭載するアプリケーションに特色を出している。まあそれはそれで良い事なのだが、そのせいで、そもそもの基本OSのアップデートに制限がかかり、結果的にアンドロイドOSのアップデートができない状態が続いている。
頻繁に行われるOSのアップデートにアプリケーションがついて行けず、ユーザを困らせているのである。ガラケー時代は、OSは、基本各キャリアカスタマイズOSだったので、アップデートもキャリア主体で出来たが、スマホのOSは、皆さんご存じの世界標準OSなので、極東のいちキャリアの都合なんぞおかまいなし。結果、お財布携帯などの独自アプリがOSアップデートの度に苦労してアップデートをする羽目になる。要は、自分達の都合で進める事が出来ず、市場のニーズと微妙にズレが生じているのである。
実はあまり知られていないが、日本のスマホはキャリアの都合を反映させた、国内でしか使えない独自アプリが結構存在する。それはガラケー時代に構築した収益の仕組みをスマホに移植している部分である。それゆえに、世界的に見るとただのスマホではなく、「ガラスマホ」とささやかれ始めている。
まあ今はそれでも良いとは思うが。。。今後はどうなるんだろ？やっぱりガラパゴス化するのだろうか？
ただ上記の問題があるので、あまりガラパゴスな事ばっかりやっていると、日本市場からも見放される事になると思う。各キャリアの本来の業務である繋がりやすさと回線スピードの差がなくなりつつある今、今後のキャリアが注力を注ぐのはどこだろうか？もう、AppStoreなどのアプリモールなどのキャリアモデルは既に寡占化が進んでいるので、今さら、i-modeやBrewなどの焼きまわしは意味がないだろう。となってくるとスマホだけの話でいけば間違いなくアプリケーションの企画開発だろう。キャリアサービスを充実する為にアプリ開発に力を入れる。回線屋なのにアプリ開発屋を目指すという一見？な事であるが、世界市場に乗っかって戦い始めた今、その選択肢もあながち間違いではない日は、そう遠くないと思われる。


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   <title>クラウド元年　震災より人災に注意（１）</title>
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   <published>2011-05-16T02:44:51Z</published>
   <updated>2011-06-01T12:35:16Z</updated>
   
   <summary>業界ネタであるが、今年は「クラウド元年」である。 別に私の言葉ではない。様々なI...</summary>
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      業界ネタであるが、今年は「クラウド元年」である。
別に私の言葉ではない。様々なITニュースがそう言っているのである。

そんなスタートアップ時期に、苦節１２年目に初めて当社もサービスを開始できる事を非常に嬉しく思う。
      このブログが皆さんの目に止まる頃には、弊社として正式にサービスリリースをされていると思うが、今は一部のお客様に先行してβ的にセールスしている最中である。

そもそも、クラウドの意味は改めて説明する間でもないが、基本的によく分からない場所（雲の中）にあるサービスを一定のルールに基づいて使う事を表す。よく分からないというのは、敢えて具体的なロケーションを説明する事に重点をおいている訳ではなく、ロケーションは何処であろうと、必要なサービスを必要な量だけ提供する事に重点を置いているビジネスモデルである。（ホントに分からない事はない）形状やロケーションブランドは一切関係ないのである。

まあ、それの真の意味する事を充分に理解できている人はほんの一握り。だって元年だもの。技術論や経済論的な話は巷に溢れているが、いずれも推測の域をでない。だって元年だもの。それを勝ち組・負け組と別けて語る輩がいたらそれは贋物である。だって元年だもの。　いづれも、最もらしいデータは何一つ世の中には無い。

実はこれと同じような事を我々は１３～４年前に経験している。インターネットの普及である。同じではなく「同じような」といっているのはインターネットはニューエコノミーだったが、クラウドは、どちらかというと「産業革命」レベルであるからである。新しい経済が生まれた程ではないが産業革命がおきつつある位かなぁ。と私は勝手に感じていて、そのスタートアップにサービス参入できるのを嬉しく思っているのである。

標題で震災より人災と言っているのは、震災には強いけど、まだまだこの世に生まれたばかりなので取り扱う人間が不慣れで、現時点でのクラウドサービスのトラブルの殆どが人災によるものである。と
言いたかったので、そう書いてみた。どんな人災が起きているのか？は各社の事例を交えながら、また次回。

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   <title>Twitterの破壊力（２）</title>
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   <published>2011-04-20T04:01:02Z</published>
   <updated>2011-06-01T12:36:36Z</updated>
   
   <summary>Twitterの破壊力（１）の内容から引き続き。 ３１１を、間に挟んでいるのでち...</summary>
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      Twitterの破壊力（１）の内容から引き続き。
３１１を、間に挟んでいるのでちょっとリアルタイムな内容に
変えています。
      <![CDATA[前回は、Twitterという仕組みが非常に簡便でコミュニケーションが取りやすい話をしたが、今回は継続性のお話。実は本来であれば、Twitter社が提唱しているコミュニケーションに関して分析する予定であったが、３１１の震災がそのコミュニケーションをなぞる結果となったので、それを題材に説明して行きたい。

まず、本来であれば、ゆる～い繋がり感がベースのソーシャルネットワークサービス（SNS）なTwirtterであるが、今回の３１１では、インターネットツール基モバイルツールとして大活躍をした。ニュースで散々取り上げらているので具体的なつぶやき内容は割愛する。何が凄かったかって、結果論として日本のインフラのルールに非常にマッチしたシステムであったのである。まあこれは、特別Twitterだけの話ではなくインターネット回線が非常に震災に強かった事が起因しているのではあるが。。。

要は震災時の安否確認や状況報告が１４０文字で刻々と伝えられる。フォローされる。リツイートされる。リスト化される。この１４０文字という制限が非常によかった。要は一気に読める字数である事。書く側も要点を絞らなければいけないという事。（何故140文字なのは、<a href="http://business.twitter.com/" target=""> 公式サイト</a>を確認）結果的に伝達量が一定量で非常に軽い。結果的にサーバでありクライアントであり、負荷を気にしなくて良い。気にしなくて良いから情報がリアルタイムで更新される。リアルタイムで更新されるから、尚情報が集まる。情報のアップスパイラルが起きていたのである。

※デマ、間違い（誇張）情報に関してはTwitter社が悪いのではなく、情報の受け取る側の取捨選択スキルに起因するので、これは、皆で経験を上げて行けば良い話。一方通行的に「Twitterにはデマ情報が流れる」という事実を、情報としてそのまま受け取る方には向かないですが。。。。
（振り込め詐欺が減らないのは、銀行も悪いというレベルと一緒）

要は、ゆるーいながらも、継続性の高い「繋がり」と「つぶやき」が一瞬にして「情報」という武器に変化したのである。厳密に言えば、武器として皆が活用したのである。

武器になるという事はどういう事か？武器になるのであれば、皆が使いたがる。結果ユーザが増えるのである。事実３１１以降の日本のtwitter人口の爆発的な増加がそれを物語っている。（ユニークユーザが減っているのは別の理由）

本来の破壊力（技術革新）とは別の力かもしれないが、新聞やニュースで取り上げられるようになる＝サブカルチャーからの脱出は、大きな破壊力と言えるであろう。
]]>
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   <title>［東北関東大震災］想定外の出来事のメンタル</title>
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   <published>2011-03-12T03:24:30Z</published>
   <updated>2011-06-01T11:49:15Z</updated>
   
   <summary>（このブログは３／１２付で書いたモノです。） スタッフの皆さん 私信を送ります。...</summary>
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      （このブログは３／１２付で書いたモノです。）

スタッフの皆さん

私信を送ります。
想定の範囲の外側の出来事が起きました。
まず、自身は無事ですか？
そして、家族、親族は無事ですか？

会社としてのコメントは別途、作田からあります。
（既に出ています。３/１６現在）
（３/１４ならびに３/１６の全社メールを確認してください。）
そちらを確認してください。


      こういう事態になると、会社として組織としてとの行動が大事と言われます。

会社であろうと組織であろうと、そこに集う「人」がしっかりしてなければ、意味がありません。ただその「人」は、そんなに丈夫ではありません。フィジカル・メンタル共に人によって差があります。回りが平気である。回りが頑張っている。だから自分も。。。という意気込みは大事な事です。ただし、だからと言って無理して、自分は大丈夫であると思いこまないでください。回りは回り、自分は自分です。回りに合わせて、不安や不満を押し殺さないでください。自分のメンタルを過信しないでください。
今回の出来事は、誰も経験した事がない程の惨事です。誰も今後の我々を正確に分析できる事はありません。すなわち、誰の経験則もあてには出来ないという事です。そんな時こそ、今の気持ちを誰かに相談する事、吐露する事で、気持ちが落ち着くことが沢山あります。何度も言いますが、まず人は、メンタルが何より大事です。そのメンタルに不安がある人は、それを外に出す努力をしてください。そして、家族・親族のサポートをするために時間や助けが必要であれば、我々に申し出てください。
我々は最大限に協力します。　貴方は一人ではありません。皆でこの危機を一緒に乗り越えましょう。

そして、暫くは、身の安全の確保を第一に。

取り急ぎ。
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   <title>Twitterの破壊力（１）</title>
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   <published>2011-02-21T05:40:25Z</published>
   <updated>2011-03-04T04:44:13Z</updated>
   
   <summary>Twitterのサービスが上陸して３年が過ぎた。 最近の巷のTwitterの使わ...</summary>
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      Twitterのサービスが上陸して３年が過ぎた。
最近の巷のTwitterの使われ方が安定してきたというか
メディアツールとして認知されてきたので
その中身と価値の検証など。。。
      まず、使い方の方。

利用者のエントリーが容易な事もあってか

最近では、コミュニケーションの仕組みとして

○メアドを聞く
○携帯番号を聞く

というアクションに　

○Twitterアカウントを聞く
（Twitterやってます？的な）
が、メジャーになりつつある様子が伺える。

しかも、コミュニケーション難易度からいくと、メアドを聞く側にも教える側にの両方にも簡単な仕組みである。なので、ITツールにおけるコミュニケーションの裾野を確実に広げている。携帯持ってて、テキスト（メールを打つレベル）が打てれば、コミュニケーションの準備が整うという意味では、これほど敷居の低いツールは他を見渡しても見つからない。

一昔前でいえば、mixiアカウントを尋ねる。みたいなモノだろうか？
（そういえば、mixiの最近投入されるサービスは迷走してますね。）


そういった意味で、他のWEBに比べて、文化的にみてもTwitterはある一定の成功を収めたと言えるであろう。


続いて、サービスを使い続けるという観点から考えると、入り口が容易でも、中身が難しければすぐ離脱されてしまうのだが、この点も中身が簡便なので、継続性が高い。海外のリサーチ会社のデータになるが、一般ユーザにおけるWEBサービスの継続利用（実稼働）率調査（Nielsen)ではFacebookを凌ぐと発表されている。

要は、文化が定着するかどうかという部分においては継続性が重要なので、その点でもクリア（成功）

で、継続性が高い理由が何処にあるのか？という検証になるわけだが、これは情報を発信する側の内容が非常に重要となってくる。情報提供側のネタはまた次回。




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   <title>顧客の満足を考える（2）</title>
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   <published>2011-01-20T06:41:00Z</published>
   <updated>2011-02-04T02:33:24Z</updated>
   
   <summary>日々、仕事をしていて考えるべきことに「顧客の満足」というモノがある。...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://consul.pitserv.jp/">
      日々、仕事をしていて考えるべきことに「顧客の満足」というモノがある。
      サービス業の世界では「顧客満足度」というものが指標とされる。よくよく考えるとこの「顧客満足度」ってのは、サービス業に限ったものではない。顧客を持つ業界、すなわちすべての会社に必要な要素である。

顧客の満足度を上げるためには何が必要なのか？という問いを顧客からよく質問される。上場している大企業の方から街の不動産屋の方まで色々な方に聞かれる。そもそもコンサルタントとしては、この問いに満足させる「答え」や「方法」を導き出すのが、うちのコンサルとしての「顧客満足度」を上げる事になるのであるが。
一方で、「顧客満足度」というものを間違った捉え方をしている会社も多く存在する。お客様の言う事を答える事が満足度を上げる事であると感じている会社の多い事といったら・・・。

○お客様は神様
○顧客至上主義

というフレーズと「満足度」を同じに捉えている場合に上記のような間違いが発生する。実際問題、お客様は「神様」ではないし「至上主義」を突き詰めて、利益を上げる事など絶対に無理。神様は絶対に間違いは犯さないし、至上においてしまうとなんでも言う事を聞かねばならない。
間違いを犯さない人にニーズなどはそもそも聞く必要はないだろうし、至上に置いたら、そこは無償の行為を発生させなければならない。至上とはそういうモノである。

結局の所、自分達の会社の何のサービスにおいてどういった顧客を「満足」させるのか？という仮説定義をしないで、すべての顧客を満足させる事などは無理なのである。

例えば・・・
街に一軒の中華料理屋がある。その中華料理屋は、街一番の顧客満足度一位のお店であると評判のお店。早速その店に行ってみると、どうもその評判どおりの店ではない雰囲気。店も狭いし、エアコンの効きも悪い。店員の態度もそんなに良いとは思わない。なにしろお店が清潔ではない。まあ料理の味に関してはソコソコ。注文してから出てくる時間は、ちゃんと料理しているのか？思うぐらい出てくるのが早い。量は食べきれないぐらいのボリューム。はっきりいって多すぎ。会計してみると、食材がチープなのかえらく安い。不安になるくらいの金額。正直言ってここで食べるのを失敗した感アリアリだった。何故この店が「顧客満足度」一番なのだろうか？店は汚いし、狭いし、味も対して良くないし、食べる人の事考えずに、残すほど量が多く食材無駄し使って料理しているようだし、をちゃんとした食材使ってなさそうだし・・・

さて、ここの顧客満足度が良かった理由は何だろうか？まず、この物価高なご時世にも関わらず値上げをする事もなくリーズナブル。そしてどんなに混んでいる時間でもスピーティに料理が出てくる。一番のウリは、料金に対して量が世間の1.5倍でかなりお得。最後に料金の割には味はおいしい。要は「早く」て「ボリューム」があって「安く」て「安い」割には「おいしい」と評判のお店なのである。

このお店の顧客満足度は

早いスピード
安い値段
多い量
（バリュー感）

の４つで評価されているのである。要は、この４つのポイントに絞り込んだ条件でその条件を重要視している顧客に対して「顧客満足度」が高いのである。きらびやかな内装で、使っている食器も良いモノを使っていて、ゆったりとしていて、安心感のある貴重な食材を使って、おいしい料理を提供してもらう事を望んでいる人にとってはえらく不満の多い店であるという事になる。

そんな事はわかっている、という意見が多くあるが、果たしてホントにわかっているだろうか？自分の会社の商材やサービスは、いったいどんな人に使ってもらうのがベストと考えて提供しているのだろうか？そこにミスマッチはありませんか？ニーズにあっていない顧客に提供していませんか？もしくは顧客のニーズあわせようとして無理矢理、中途半端な加工をして販売や提供していませんか？もしそうであったとしたら、顧客満足度以前の問題です。
まず自分の会社の、商材やサービスを見直して、それから顧客満足度の物差しを作りましょう。
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