努力は何にも勝るというが、果たして本当にそうだろうか?
という議論になった時のお話。
とある経営者の会合で、自分達はどれだけ努力しているのか?という話になった時の事。ある会社の社長さんが、努力には2種類あると言われた。必要な努力と無駄な努力があると。努力という言葉の意味は「ある目標を掲げ、そこに目がけて邁進すること」であると思うが、果たしてその努力がどれだけ意味をなしているのか?を今一度確認した方が良いという。何の為?誰の為?と一度確認しろという。基本的に「自分」の為にする努力というのは、達成した時に報われるのは「自分」だけなので、我々レベルでは、さして意味がない。日本の教育では努力という言葉は、自分に向けられる言葉として教わるが、それで良いのは学生までの話である。同じ努力をするのであれば、世の為、自分以外の人の為に努力して、結果、報われる人が沢山出てくる事を目標にして、そこに邁進すべきである。 これだけ景気が悪いと、自然と世界観が小さくなり、自分が回りに迷惑をかけないように「自助努力」もしくは、せいぜい「会社の為」の努力レベルにとどまってしまう。そうではなく、世の中に出たら、自分も世の中の組織の一員として「努力」をすべきであろう。とおっしゃられた。みんながそういう意識を持つ事で「努力の還元化」が行われ、結果、その成果が世の中をめぐって、浮上すると。普段何気に使っている「努力」という言葉であるが、意外と「自分」以外の為に、自分が努力をする事を宣言した事が無い事に今更ながら気付いた。
世の中の為にする「努力」というのを皆さんは考えた事ってありますか?




