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2009を振り返る

今年も残す所、あとわずか・・・

今年表す漢字は「新」

「新」米国大統領の誕生にはじまり
民主党「新」政権の誕生
「新」型インフルエンザの流行

など、新しい事は起きる?始まる?1年だったと言えよう。色んな意味で新しくなると言うのは新鮮な良いイメージがある。今までにはないなにか新しいモノや事の始まりを予感させる。しかし、この新しい「新」という言葉は意外とクセ者である。特に日本の商習慣的に必ずしもすんなり受け入れてられるかというのは難しいらしい。我々のいる業界は、世間的にかなり新しい業界で歴史を辿っても15年程度の歴史しかない。人間でいうと中学生レベルである。IT時代の幕開けと言われたのはつい最近だったが、結果的に現在は株価も低迷し、元気のある声を、中々聞く事ができない。話が横道に逸れてしまったが、新しいモノや事というのがなぜ受け入れにくいかというと、荒削りだからである。

世の中にこんなのがあったらいいなぁと思うモノが誕生した時、大概は大枠で願いが込められたもので完成形に程遠い。しかし、それを見せられた側の人間というのは、その形が全てと思いその型の「問題点」や「疑問点」が非常に気になる。しかも日本の商習慣的にはお金を出す以上自分にとっての「価値」を最大限に引き出してくれるものには賛美を送るが未完成形ばものには容赦しない!と、育てるという文化があまり醸造されていないのである。育てるのは自分の子供や、部下、はたまた自分の気持ちぐらいなモノと相場が決まっている。もしくは、理解の範囲を超えた新しいものに関しては、無関心を装って、自分で評価する事はせずに、他人の評価を聞いてから触手を伸ばすかどちらかである。(ちょっと荒く切り過ぎか?)要は、新しい事柄に対して、先んじて体験してみるという文化があまりない国だからであろう。
なので、新しいモノに対して、色んな意味で厳しい日本に「荒削り」なものを投入したら、皆さんまず「使わない」「使えない」理由を探す。そしてそれが2−3個見つかった日には(受け入れる理由よりも多かった場合の意)途端に見向きをしなくなる。

結果、日本発の革新的な文化や技術の声が聞こえなくなって久しい。これは時代のせいなのだろうか?
来年は何か「生」みだす一年にしたいと考える。


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